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当たり前のように10年後の明るい未来を想像できることが奇跡。人生観や幸福論を語ってみた

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こんにちは、うみうまです。

今日は、わたしの生き方や頭の中のことをだらだら書いていきます。(あっ閉じないで!)

 

受け入れられない老化

 

わたしは昔から老いへの恐怖があって、それは死への恐怖だけじゃなく老化への恐怖もある。

 

20代の頃は「30過ぎたら女としては終わりだな」って思ってたし、実際30になったら「35までは大丈夫だな」に変わり、35になった今は「芸能人見ると45まではまだ綺麗だな」などと、謎の基準を更新していっている。

 

毎年過去の写真見返しては「あー去年の自分若い!」と言っていて、出産を経た今は産前の写真を見て「この頃体重MAXで自分史上1番ブスだと思ってたのに、今に比べればハリツヤあってまだいいわ」などと言っていた。

 

 

でも…ある時テレビでデヴィ夫人のセリフを聞いて、考えを改めた。


番組の中で「何歳の頃が1番綺麗でしたか」と聞かれたデヴィ夫人は・・・

 

「今よ。いつだって今が1番綺麗なのよ」

 

と答えた。

 



美=若さではないことに気付いた

デヴィ夫人の返答は衝撃だった。ちなみに彼女は今78歳。

 

まだ人生折り返しにも来ていないわたしが、今からこんな後ろ向きで生きていくなんてやめようと思った。今日のわたしは確実に明日のわたしより若いというのに…

 

 

そもそも、美=若さというのがきっと間違いだ。

 

若いということは、確かに美しい。けどその逆は人によりけりだ。

 

美しい人というのはやはり内面だったり、立ち居振る舞い、食事、毎日の自分への念入りなケア、知性や教養などがにじみ出ているだろう。

 

 

・・・・・

 

 

うわああああああ知性と教養ください!!!!(自滅)

 

 

 

昭和生まれの我が同志たちよ。

老いることを恐れるな。過去より未来より今が1番。(合言葉)

 

 

幸福論

 

へそのゴマ取りながらでいいので聞いてください。わたしの幸福論。

 

人生とは、一寸先は闇。

 

今のほほんと暮らしているわたしだって、この先どんな逆境が待ち構えているか分からない。これまでだって、安定と思いきや波乱、波乱と思いきや平和が訪れ、

まさに『人間万事塞翁が馬』

 

わたしが昔から好きな言葉だ。

いいことがあってもそれが悪いことにつながったり、逆もあったり、幸・不幸は予測がつかない。

 

 

じゃあ、いい時も悪い時も幸せでいるためには…?

 

自分の幸せを自分の心で決めること。

 

 

どんなに傍から見ると薄幸に見える人だって、本人が苦労の中でも楽しみを見つけ幸せだと思っていれば、それはもう紛れもなく幸せだ。

人から羨ましがられるような幸せや、世間体を気にしているなら、それは自分の人生じゃなくて人の人生だ。

 

誰に遠慮することもない、自分だけの人生大事にしたい。

 

 

 

 

ちなみに幸せの定義もそれぞれだと思うけど、わたしが思う幸せとは…

 

「体に痛いところがなく、悩みがないこと」

 

 

自分痛みにめっちゃ弱いんで…(よく子ども産んだな)

 

 

人間だし今は親だし、悩みがゼロって無理だけど、極力「まぁたいしたことじゃないな」って気楽にいられたらいいよね。

 

いかに前向きでいられるかで幸せが決まるってことだ。あと口内炎とかないことね。(今は虫歯治療中で親知らずの抜歯控えてるから不幸)

 

 

 

 

でもね・・・

これらの話は心の病の時には無意味だ。

自分もなかなか重い鬱を数年患っていたけど、考え方とか発想次第でどうこうできるものじゃないし、もし今渦中で苦しんでいる人が目の前にいたとしても、「前向きに」も「がんばれ」も「いつか治るよ」も、わたしはきっと言えない。

 

 

ストレスに対しては後ろ向きに生きる

 

わたしの最大の得意技は「逃げる」だ。

 

強いストレスを感じた時は闘う前にとっとと逃げる。何も解決していないけど、逃げることで勝手に自己完結してきた。

真っ向から立ち向かって解決を試みることは確かに素晴らしい。でも人ってそこまで強くない。

 

逃げることで解決するならそれでいいじゃないか。そしてまた新たなフィールドで生きていけばいい。

 

 

以上、『後ろ向きのススメ』でした。終

 

 

逃げるのではなく向きを変える

 

しかしね、近年は「逃げる」スタイルにも変化が出てきた。

 

1人で生きていた時は「縁を切ればいい」「仕事は辞めればいい」「引っ越せばいい」などと、自己責任の元自由でいられたけど、母親になった今はそうもいかない。

 

そんな時は、「逃げる」のではなく「向きを変える」


注射してもらう時顔を背ける人いるでしょ?あんな感じ。(わたしは凝視タイプ)

 

自分の世界はこれだけじゃないってことに気付くと楽になる。

 

 

だいたいね、ストレスになることに神経すり減らしてる時間なんて無駄以外のなにものでもない。

 

ストレスの原因が人だとしたら、自分が悩んでる今この瞬間向こうはローソンの新作スイーツ食べて笑ってるよ。

悩んでないで負けじとルタオの新作ケーキとかポチるしかない。(食欲と物欲で発散型)

 

 

つまり、問題には真っ向からぶつからず、楽しいことに時間割いた方いい。(現実逃避型)

 

 

下ばかり見ているとつい忘れちゃうけど、上を見上げると…ほら、天井があるぞ。(もう黙りますね)

 



子育ては逃げられないし、やり直せない

 

子育てでしんどくなった時は、「しんどい時期は長くない」と自分に言い聞かせてる。

 

でも、最近思う。

「早くこの時期終われ」って思いながら子育てしていたら、後で「もったいないことした」って思いそうだな、と。

 

現にまだ1年と7ヶ月しか育てていないのにすでに後悔している。
新生児期もっと堪能しておけば良かったなって。

 

しわしわでまだ毛深い顔とか、

桜貝のような爪に、モロー反射、

 

授乳後のげっぷ、キッチンでの沐浴、

意外と豪快なくしゃみ、

 

指でつつくと握り返してくる小さな手、

 

 

何度となく救われた新生児微笑・・・

 

 

 

もう1度やり直せたら前回よりは楽しみながらお世話出来るのに!って思うけど、残念ながら人生は1回きりで、息子の育児も1回きりだ。

 

腕にすっぽりおさまり横抱き出来る小さな息子にはもう二度と会えない。

 

 

考えると泣けてくる。

 

 

当たり前のように毎日を過ごせることが奇跡

 

わたしたちは生まれた瞬間から死へ一刻一刻と向かっていて、それなのに普段なぜか果てしなく人生が続くものだと錯覚している。

そして、身近な人が亡くなる度に「そうだ、いつか死ぬんだった」と思い出し、怖くなる。

 

前にこちらの記事でも書いたけど、

 

自分が自分としてこの時代にこの土地に生まれ、親兄弟、夫や子どもと巡り会えたのは奇跡だ。

それだけじゃない。わたしも普段忘れがちだけど、朝起きて当たり前のように1日を過ごせることも奇跡だ。

 

 

快晴の空を見て「今日はよく乾くな」って洗濯物が干せること、

 

ご飯をたらふく食べられること、お布団で眠れること、

 

戦争がないこと、

 

たわいもない話で家族と笑い合えること、

 

また変わらない明日が来ること、

 

 

 

10年後、20年後の我が子の明るい未来を想像出来ること・・・

 

 

 

悠久の歴史の中で自分が生かされていることを考えれば、小さなことで気を揉むことはなくなる。

 

 

例えばよく聞く「テレビに頼り過ぎた」とか。

 

500年後のお母さんは、

「はぁ…また今日も全てロボットに子育てさせてしまった。500年前のお母さん達は全部自分で何とかしてたんでしょう?テレビとか使って」

とか言ってるかもよ?

 

 

 

その時代時代の悩みはあるけど、大事なことってずっと変わらないような気がする。

 

それは、愛。

 

言わせるなよ…(赤面)

 

 

さいごに

 

という話を実母にしたところ・・・

 

「オラは年子で3人育てて、そんな悠長なこと考えてる余裕はなかったよ。やっぱ一人っ子だと暇なんだなー」

 

 

 

暇なんだなー暇なんだなー暇なんだなー(エコー)

 

 

親子でなければ距離を置いたかもしれない実母の一言で、今日は終わりにします。

 

ではまたね。

 

 

 

 

 

 

 

当たり前のように次の更新を約束できる平和な毎日に感謝して。

 

 

 


 




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